Browse Month: 1月 2014

パリ・旧オペラ座

パリ・旧オペラ座(ガルニエ宮)
フランス(1874年)
設計:シャルル・ガルニエ

Opera Garnier01

セーヌ県知事オースマンによるパリ市街区の整理再構築(パリ大改造計画)が進められる中、設計公募によりシャルル・ガルニエの案が採用され建設されました。












Paris Opera Garnier Grand Escalier 02

外観および内装はナポレオン三世のし好により「ネオ・バロック様式」でつくられました。そのため「スゴンタンピール(第二帝政様式)」とも呼ばれています。
このネオ・バロック様式は、豪華絢爛な装飾や多くの彫刻が飾られているのが特徴です。

また見た目は石造ですが鉄を使用しており、石造では不可能な巨大空間となっています。これにより55m×55mの舞台や2,158の座席が確保されています。観客収容規模でも当時最大の劇場であったといえます。






Palais Garnier03

舞台は「シューボックス型」といわれる形式になっており、舞台と客席の間に「プロセニアムアーチ」と呼ばれる額縁で明確に分けられているのが特徴です。











写真引用:ウィキペディア

自由学園明日館

自由学園明日館 1921年(大正10) 重要文化財
フランク・ロイド・ライト、遠藤新

Jiyu gakuen myonichikan01

近代建築の3大巨匠と呼ばれる設計者の1人であるフランク・ロイド・ライトにより設計された木造建築です。
ライトが旧帝国ホテルの設計のため来日している時に依頼されており、途中で帰国をしています。ライトの帰国後は弟子である遠藤新により引き継がれました。

中央にある2層吹き抜けや、プレイリースタイル(草原様式)が特徴的な建物となっています。
プレーリーハウスはロビー邸などライトの他の作品にもみられる特徴で、低めの建物が広く水平に広がったような形状が特色です。

1999年〜2001年まで保存修理工事がおこなわれ、現在は建物見学などのほか結婚式場としても利用されています。

フランク・ロイド・ライトは色恋沙汰などスキャンダルに事欠かない話題性のある人物でもありますが、その辺りのお話しは改めて人物記事を書くときに取り上げたいと思います。

遠藤新はライトの一番弟子とも言われており、この自由学園の南沢キャンパス木造校舎群を設計したことでも知られています。

写真引用:ウィキペディア

自由学園明日館HP

落水荘

落水荘(カウフマン邸)
フランク・ロイド・ライト (1936年アメリカ)

Fallingwater01

アメリカのデパート「カウフマンズ」のオーナー、カウフマン氏の週末別荘として設計されたフランク・ロイド・ライトの代表作です。

Frank Lloyd Wright01

F.L.ライト

小さな滝の上に建てられたキャンチレバーで有名です。このキャンチレバーのテラスは7inch(約20cm)くらいのたわみが出て、2002年に鉄骨フレームによる修復がされました。

外観は組積造の仕上げをした鉄筋コンクリート造となっており、滝や周囲の森などの自然と一体化したデザインで有機的な建築となっています。

ハギア・ソフィア

ハギア・ソフィア(アヤ・ソフィア)(573年トルコ)世界遺産


Hagia Sophia01

アヤソフィア、あるいはハギア・ソフィアとよばれる教会堂建築です。
イスタンブールのギリシャ側に立地しています。
アヤソフィアは「聖なる知恵」という意味であり、キリスト教総主教会の教会建築として創建されました。

初期ビザンチン建築を代表する教会堂であり、最大の特徴はパシリカ形式の空間の身廊中央部あるペンデンティヴによる巨大なドームです。
この当時は石造建築が主流ですが、この規模のドームは世界最大級です。
15世紀になるとイスラム教の支配下に移りますが、当時奪取された教会は異教の建築として取り壊されていましたが、ハギア・ソフィアはその貴重さにより
モスクとして使用されるようになりました。

ミナレットと呼ばれる4本の尖塔はそのイスラム政権により増築されたものになります。

Hagia Sophia03

また、ドーム内の壁にはイスラムの文字が描かれた円盤がみられますが、キリスト教支配下のときにキリスト像などが飾られていた場所になります。
(イスラム教は偶像信仰がないため)

キリスト教総主教会からイスラム教のモスクとなり「2宗教の共存」という珍しい建築として知られています。







写真引用:ウィキペディア





明治神宮

明治神宮

Meiji jingu01

明治天皇と昭憲皇太后を祭神としています。

全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林面積は70万平方メートルあります。このような大規模な人工林は世界でも類をみません。

また、将来平均気温があがるであろうと予見してこの地域よりも温暖な地域の植生を100年後に想定した近代造園学の初の試みでも知られています。

人工林の意図的な自然林化に成功している事例といえます。
















写真引用:ウィキペディア




中銀カプセルタータワービル

中銀カプセルタワービル(1972年)
設計者: 黒川紀章

Nakagin Capsule Tower01

銀座に建築された集合住宅です。
特徴的なカプセルの集合体はPS(パイプスペース)のシャフトに取付けられており交換(新陳代謝)が可能となっています。これはメタボリズム*1)の方法論を実現した建築として知られています。

カプセルの大きさはW2.5m×D4.5m×H2.5mでトラスで構成された箱となっている。また、シャフト(人工土地)はSRC造で2本あります。

近年、建て替え問題があり解体されるという話題からアーカイブとして残すすべがないかという観点より仮想3D空間内にアーカイブを構築するといった試みも行われている。(筆者もアーカイブ構築に参画)

ケンプラッツ:「入ってみる?」 黒川紀章氏のカプセル建築を仮想3D体験

黒川紀章「中銀カプセルタワー」 IN SECOND LIFE

*1)メタボリズム:社会の成長や変化に対応しこれを促進するため、社会や都市、建築などを古い細胞が新しい細胞に入れ替わるように新陳代謝をしていく構想。1959年に黒川紀章や菊竹清訓ら日本の若手建築家・都市計画家グループが開始した建築運動。

写真引用:ウィキペディア


三菱一号館

三菱一号館(1894年建築、2009年レプリカ再建)
設計者:ジョサイア・コンドル、曽禰達蔵

Mitsubishi Ichigokan01明治時代に建てられた丸の内最初の西洋風事務所建築です。現在の建物はレプリカ再建されたもので美術館として使われています。
この当時の事務所建築は組積造となっており、廊下で個室をつなげる形式や棟割り長屋形式を採用していた。
構造や通風採光の関係により3階建て程度の建物となっている。
レプリカ再建においては「大手町・丸の内・有楽町地区特例容積率適用地区」制度が利用され、東京駅の未利用容積の容積移転先のひとつです。これにより延べ面積を増やして収益床を確保しています。

写真引用:ウィキペディア

正面のない家

正面のない家 (1960年)
設計者:坂倉建築研究所/西沢文隆

Syoumennonaiie01

坂倉建築研究所で設計された「正面のない家」シリーズのひとつです。
現存しているのは写真の「正面のない家H」のみですが、このシリーズの特徴は都市部狭小対応として中庭方式コートハウスである点です。

4つの中庭により通風採光を確保しつつ、広がり感を確保しています。また、狭い敷地を有効に利用するため玄関の構えをもたない所から昔ながらの家の顔である玄関の構えがありません。また、廊下がないことにより床面積を最大限利用するように計画されています。

このように外観は写真のように囲まれた状態となるため、町並みは閉鎖的な印象となってきます。

1960年代は持ち家の要求が強い年代とであり、土地が狭く
とも住宅が欲しいという時代背景より生み出された建築と
いえます。


アクロス福岡

アクロス福岡(1995年)
日本設計+エミリオ・アンバース(基本計画)
日本設計+竹中工務店(基本設計・実施設計)

Acrosfukuoka01
国際会議場、イベントホール、商業施設などから校正される複合施設です。
山をコンセプトとした「ステップガーデン」と呼ばれる段上の屋上緑化が特徴となっています。国内における初期の大規模屋上緑化として知られています。
この屋上緑化の緑化面積は5,400㎡、植栽している樹木は当初約37,000本(現在約50,000本)と国内最大級規模となっており、断熱効果により建物の冷房負荷軽減が図られています。

また、「福岡のデザイン100」に選定されています。



写真引用:ウィキペディア

最終更新2014.1.19

アクロス福岡ホームページ

ヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿 17世紀 フランス

日本では漫画「べルサイユのばら」でお馴染み(?)のヴェルサイユ宮殿は、太陽王と呼ばれたルイ14世が建てたパリ郊外にある壮大なバロック建築の宮殿です。

Vue aérienne du domaine de Versailles par ToucanWings - Creative Commons By Sa 3.0 - 144

引用:partnership wikipedia

元はルイ13世が狩猟の休息小屋を建てたのがはじまりで、その後、ルイ14世が50年に渡って本格的な造営に取り組みました。この時期はバロック様式でした。そして、ルイ15世になると、荘重さよりも軽快で優雅なロココ様式が取り入れられたのち、ルイ16世時代には、新古典主義の様式が取り入れられました。これらの増改築を経て現在の姿となっています。


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