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マイレア邸

マイレア邸
フィンランド・ノールマルック(1939年)
設計:アルヴァ・アアルト

 

アルヴァ・アアルトは、フィンランドの世界的建築家で北欧モダンのデザインとして日本でも知られています。

 

アアルトは建築と家具を相互に補完し合うものと考え、建築だけでなく家具や照明器具、ガラス製品、テキスタイルまで幅広く手がけています。

アルテックという自ら立ち上げた自身のデザイン作品を生産・販売するための企業があり今でも販売されています。

代表的な作品としてスツール60や、パイミオチェアとも呼ばれるアームチェア41900ティートロリー等の家具があります。

 

 

1939年に竣工したこの建物は、ミッドセンチュリーの時代より早い時期に北欧モダンを体現していました。

産業革命後のこの時代は、スチールやコンクリートのほかプラスティックなどといった新しい素材が生まれました。

当時の建築家やデザイナーがこれらの新建材に惹かれている中で、アアルトは木の可能性を追求し、周囲の自然と調和した建物を生み出したといえます。

マイレア邸は、小高い丘の森の中に立地しており、自然との調和を体現しています。

 

アアルトの作品の中でも、このマイレア邸は最高傑作とも言われており、プランだけでなく細部に至るまで、アアルトらしい表現が多くみられます。

 

よく言われるのが、「King of Waves」とも表現されている曲線のデザインです。外観内観ともに曲線のデザインがあり、ランドスケープにおいても池のデザインなどで曲線は多用されています。

マイレア邸においても、外観で木の線材を縦方向に並べて多用した曲線のデザインを見ることができます。

そして、L型の平面形状の建物で囲まれるように計画されたプールは曲線で構成されています。

 

また、引き戸がよく使われていることでも知られています。

 

アアルトの代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1933年 パイミオのサナトリウム
1939年 マイレア邸
1954年 ムーラッツァロの実験住宅
1959年 ルイ・カレ邸

 

日本にもファンが多いアアルトですが、アアルト自身も日本の建築や文化を評価していたことで知られています。

1930年代からアアルトは国際建築協会(CIAM・近代建築国際会議など)のメンバーとなり様々な活動していました。

 

マイレア邸webサイト
https://www.villamairea.fi/en/

Alvar Aaltowebサイト
https://www.alvaraalto.fi/en/information/alvar-aalto/

 

画像引用:ウィキペディア

 

 

ファンズワース邸

ファンズワース邸
アメリカ・シカゴ(1950年)
設計:ミース・ファン・デル・ローエ

 

 

ファンズワース邸は、シカゴ郊外にあるフォックス川のほとりにある広い林の中に建てられた週末住宅です。

高床式になっているのは、川の氾濫に対しての対応で1.5mほど高くなっています。
折しも現在(2020年5月)川が氾濫して床下浸水しているとの情報がファンズワース邸公式サイトでも写真付きで掲載されていました。

ファンズワース邸公式サイト
https://farnsworthhouse.org/

ミース・ファン・デル・ローエは近代建築の3大巨匠の一人として有名ですが、鉄とガラスを生かした作品を多く設計しています。
このファンズワース邸も鉄の柱とガラスによる大開口が特徴的です。

 

 

写真を観察すると、床スラブ屋根スラブがあり、その外側に8本の柱(H鋼)溶接されているのが分かります。そして、内部には柱がありません。

 

 

では内部を見てみましょう。
内部はユニバーサルデザインと呼ばれる柱がない空間になっており、水回りやキッチンを中央に配置したセンターコアタイプになっています。コアの周りが、ワンルーム的に自由に使えるようになっています。

 

 

日本にはミース・ファン・デル・ローエのファンがかなりいます、それもF.L.ライトファンと並ぶ熱狂的なファンが^^
私見ですが、おそらく鉄と柱によるシンプルなデザインと高さを抑えたプロポーションが日本人受けするのかとも思われます。日本には大仏様や唐様といった大陸渡来起源の様式と別に、和様という校倉式のような高床式から派生したと思われる和様の様式があります。それらと共通する部分があるように感じます。

そのような美意識は、ミース・ファン・デル・ローエの言葉 Less is more 「より少ないほど、より豊か」にもよく現れています。

 

なお、ミース・ファン・デル・ローエはバウハウス3代目校長も努めていました。

 

写真引用:ウィキペディア

 

 

ハーレン・ジードルンク

ハーレン・ジードルンク
スイス・ベルン(1961年)
設計:アトリエ5

1024px Halen 002

写真引用:en_Wikipedia

郊外に立地した低層集合住宅です。敷地面積は25000㎡あり、住戸は75戸にて構成されています。

南向きの傾斜面に計画されたテラスハウス(約200人が入居)となっており、公共施設等が含まれているほか広場、ガソリンスタンドなど一通りそろっています。

800px Thalmatt 1 005

写真引用:en_Wikipedia

設計者のアトリエ5のメンバーはル・コルビュジエの設計したユニテダビタシオンの影響を受けているといわれています。
平面計画をみると間口がユニテダビタシオンとおなじ寸法となっており、ユニテダビタシオンを横倒しにしてテラスハウスとして再構成しようとしたともいわれています。
建築家6人にて協同で土地を購入にして建築をしているあたりに思い入れの深さが感じられます。

800px Halen 015

写真引用:de_Wikipedia

低​層​集​合​住​宅​の​新​し​い​方​向​を​示​し​た​建築であり​、​江戸川アパートにみられる生涯を過ごすことのできるアパートとしたコンセプトなど、日​本​の​同​潤​会​ア​パ​ー​ト​や​公​団​住​宅​に​も​影​響​を​与​え​た​作​品​であると考えられます。

パリ・旧オペラ座

パリ・旧オペラ座(ガルニエ宮)
フランス(1874年)
設計:シャルル・ガルニエ

Opera Garnier01

セーヌ県知事オースマンによるパリ市街区の整理再構築(パリ大改造計画)が進められる中、設計公募によりシャルル・ガルニエの案が採用され建設されました。












Paris Opera Garnier Grand Escalier 02

外観および内装はナポレオン三世のし好により「ネオ・バロック様式」でつくられました。そのため「スゴンタンピール(第二帝政様式)」とも呼ばれています。
このネオ・バロック様式は、豪華絢爛な装飾や多くの彫刻が飾られているのが特徴です。

また見た目は石造ですが鉄を使用しており、石造では不可能な巨大空間となっています。これにより55m×55mの舞台や2,158の座席が確保されています。観客収容規模でも当時最大の劇場であったといえます。






Palais Garnier03

舞台は「シューボックス型」といわれる形式になっており、舞台と客席の間に「プロセニアムアーチ」と呼ばれる額縁で明確に分けられているのが特徴です。











写真引用:ウィキペディア

落水荘

落水荘(カウフマン邸)
フランク・ロイド・ライト (1936年アメリカ)

Fallingwater01

アメリカのデパート「カウフマンズ」のオーナー、カウフマン氏の週末別荘として設計されたフランク・ロイド・ライトの代表作です。

Frank Lloyd Wright01

F.L.ライト

小さな滝の上に建てられたキャンチレバーで有名です。このキャンチレバーのテラスは7inch(約20cm)くらいのたわみが出て、2002年に鉄骨フレームによる修復がされました。

外観は組積造の仕上げをした鉄筋コンクリート造となっており、滝や周囲の森などの自然と一体化したデザインで有機的な建築となっています。

カサ・ミラ

カサ・ミラ(1912年)
設計者:アントニオ・ガウディ(スペイン)

256px Casa Milà Barcelona Spain Jan 2007

アントニオ・ガウディによる地下1階、地上6階(小屋裏階有)建ての集合住宅です。
外壁のうねるような曲面や波打つファサードが特徴です。
このような外観より地元では石切り場を意味する「ペドレラ」と呼ばれていました。この外観の石はいわばカーテンウォールであり、構造躯体の鉄骨に取付けられています。
このような造形は、ガウディの独特な表現ですが、ガウディの初期の時代に活動していたマヨルカ島にあるドラック洞窟における自然の造形に感銘を受け、このようなデザインをするようになったと言われています。

平面形状は、中庭を中心にまわりを取り囲むような計画となっており、通風採光を期待した光井戸の効果がもたらされている。また、このような環境設備的な面は、屋上の装飾を施した換気塔による室内の換気計画などにもみられます。


320px Interior de las Cuevas del Drach

ドラッグ洞窟には世界最大級の地底湖であるマルテル湖があり、小舟を浮かべてオペラを唄うイベントが行われています。
洞窟での歌声は神秘的な響きを奏でてくれます。



写真引用:ウィキペディア
記事改訂:2016年7月16日


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