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世界平和記念聖堂

世界平和記念聖堂
日本・広島県(2005年)
設計:村野藤吾

 

世界平和記念聖堂は、戦後の世界平和の実現を願って献堂されたカトリック教会になります。

写真引用:http://arch-hiroshima.info/

 

広島が原爆により被災した際に、この地にあった幟町教会の主任司祭として被爆し、奇跡的に生き残ったドイツ人神父フーゴー・ラサールの熱意により、ローマ法王をはじめとするキリスト教世界の支援のもと「世界平和記念聖堂」として再建されました。

 

平面の構成は、一般的な教会によくみられる三廊式バシリカ形式となっており、西洋の中世におけるロマネスク建築的な構成がみられます。

写真引用:http://arch-hiroshima.info/

 

全体はモダンなスタイルを基調としつつ「日本的性格」を、敷地の入口にある鳥居のようなゲートや聖堂の手前にみられる太鼓橋、エントランス付近ある欄間に格天井やドームの頂点に載る鳳凰など、各所で表現しています。

写真引用:http://arch-hiroshima.info/

 

写真引用:http://arch-hiroshima.info/

 

外観は鉄筋コンクリート造の構造に、中空レンガを積んで壁としています。
レンガを突出させてアクセントとしていたり、粗い目地による仕上げなどにより彫りの深い外観となっています。

写真引用:http://arch-hiroshima.info/

 

この教会は、当初、コンペにて設計者を選定する予定でしたが、一等案なしの結果に終わりました。最終的には審査員であった村野藤吾自身が設計を担当しました。

 

 

村野藤吾の代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1954年 世界平和記念聖堂
1963年 横浜市立大学
1974年 迎賓館本館改修 

 

写真引用:arch-hiroshima

 

 

土浦亀城自邸〈第2〉

土浦亀城邸〈第2〉
1935年、東京都
設計:土浦亀城
東京都指定有形文化財

 

土浦亀城は、大倉土木株式会社(現在の大成建設)の設計部長でした。工業化や規格化をはかることを意識した乾式工法への取り組みは、大学の後輩である市浦と共に進められ、木造乾式工法として提案されました。土浦亀城自邸第1(1931年)、市浦自邸(1932年)と二人は相次いで自邸をこの木造乾式工法で設計しました。

その4年ほどのちに、土浦は自邸の第2を設計しました。

 

第1では、石綿スレートパネルを用い、パネル目時にはルーフパテを使用して目地を消しています。そして、断熱と防音を兼ねて籾殻を使用するといった様々な工夫を凝らしています。

第2においても、外壁は石綿スレート下地の上に白い防水セメントで仕上げられており、モダニズムらしい真っ白な箱状の外観となっています。昭和戦前の木造乾式工法によるモダニズム住宅として最も優れた作品といわれています。

 

敷地は南向き斜面となっており、これを巧みに生かして吹き抜けのある居間空間を中心に、地下室を含む5つのレベルで構成された豊かな内部空間が立体的に構成されています。

 

 

同時期のこのような乾式工法によるモダニズム建築への取り組みとしては、ドイツのジードルンクに強く関心を抱いていた蔵田周忠による等々力住宅地計画として4棟取り組まれています。

スキップフロアー的なワンルーム空間にみえますが、このように垂直方向に流動的な空間を生み出した作風は土浦亀城ならではといえます。

 

妻信子やルドルフ・シンドラー、ヴェルナー・モーザー、リチャード・ノイトラらとともにタリアセンでフランク・ロイド・ライトに学んでいます。そうそうたる顔ぶれですね。

 

そのほかの写真については下記をご覧いただければと思います。

住宅遺産トラスト
http://hhtrust.jp/hh/tutiura.html

 

写真引用: https://twitter.com/shinagawacity/status/1184006973701799941

真野ふれあい住宅


真野ふれあい住宅(1997年、兵庫県)
設計者:神戸市

1995年に発生した阪神淡路大震災後の、応急仮設住宅に入居をしていた高齢者が退居した後の住居としてを中心に入居しているコレクティブハウス*1)になります。

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鉄筋コンクリート造の3階建てとなっており、高齢者向けの住戸として21戸と、一般向け住戸として8戸の合計29戸の住戸にて構成されています。全住戸ともにバリアフリー化され、各住戸内には台所、浴室、便所などがあります。これらのほかに共用施設として共同で利用できる食堂や厨房のほか談話室も用意されています。

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*1)コレクティブハウス
居住者の相互扶助活動を生かして、共同の食事室や託児室などの共用施設を住棟内に設けた協同居住型の集合住宅です。
「コレクティブ」とは集合的、集団的の意味であり、高齢者用コレクティブハウスはシルバーハウスと呼ばれています。

写真撮影:管理者2014年6月

原広司邸

原広司邸(1974年、東京都)
設計者:原広司(はらひろし)

緑豊かな斜面の敷地に計画された木造2階建ての建築家自邸です。
敷地の斜面にあわせて玄関からバルコニーまで降りていくような建物中央部の吹抜けのある空間となっており、トップライトから光が降り注ぐような空間になっています。

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その両側には居室がありますが、それぞれの居室にもトップライトがあり大きな空間の中に入れ子のような形で構成されています。この形態により「住居の中に都市を埋蔵する」ことを意図した構成であるといわれています。

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このような構成は、集落や都市の要素を住宅に取り入れた「反射性住居」と表現されています。
建物の外観は黒色の下見板張りとなっており、周囲の自然にな馴染んでいます。

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写真引用:jiaセミナーの記録
住まいとインテリアプラン

プロムナード多摩中央

プロムナード多摩中央(1987年、東京都)
設計者:坂倉建築研究所、住宅・都市整備公団

多摩ニュータウンは多摩市、八王子市、稲城市、町田市にまたがる2,853haにも及ぶ日本最大規模のニュータウンです。C・A・ペリーの近隣住区理論に基づき計画がはじまりました。
第一次入居は諏訪・永山地区から1971年にはじまり、タウンハウス諏訪は1978年に、プロムナード多摩中央は1987年頃に、ベルコリーヌ南大沢は1990年頃より入居がはじまりました。

この記事で扱うプロムナード多摩中央は、京王多摩センター駅から多摩中央公園を通り抜けて住宅地に向かう玄関に位置します。

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その名の通りプロムナード(遊歩道)が樹木など植栽を豊かに緩やかな曲線を描くランドスケープでしっかり計画されています。このような多摩センター駅から延びる緑道の両側に街なみを作り出す「ストリート型住棟」が特徴です。

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この歩行者専用道路となっているプロムナードに面して、中高層の集合住宅が配置されていますが、「プラス1住宅」と呼ばれるこの接地階の住戸に居住者が趣味や創造活動のアトリエや教室等に利用する事を想定した「フリースペース」と称する一室を設けることにより、沿道の賑わいや親しみのある景観形成を意図しています。

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日本の戦後の住宅環境は、1945年よりまずは住居の確保よりはじまり1980年以前は住居や三種の神器と呼ばれた洗濯機、冷蔵庫、テレビをもつことにあこがれ、次は居間やキッチンの他に個室を持つことにあこがれてきました。これらの生活者の需要が満たされてきたところで、より豊かな生活を求める社会的な流れより「プラス1住宅」が登場したともいえるでしょう。

写真引用:多摩ニュータウン団地図鑑
図面引用:特許庁標準技術集
追記:2017年7月9日

から傘の家

から傘の家
1961年、東京都
設計者:篠原一男

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写真引用:www.sumaiinterior.com

から傘の家の設計者である篠原一男は、清家清の弟子にあたります。
別名キノコの家とも呼ばれるこの住宅は、7.2m角の正方形平面形状をしており、から傘の骨状の方形屋根となっています。
個人、団らん、サービスの3つの機能に分割した平面構成となっており、仕切りを開けるとほぼワンルームになります。これはいわば、昔の間取りでよく見られる田の字型プランの古い民家の土間にあったものを作ってみたいという設計者篠原の考えにより実現されています。

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写真引用:www.japan-architect.co.jp
     JA93号|バックナンバー|新建築 Online

篠原のこの日本の伝統的なものへの関心と考え方は、久我山の家(1954年)、から傘の家(1961年)の発表の後、白の家(1966年)に至ります。この一連の作品の中で篠原は空間の抽象化を試みておりこれらを「象徴空間」と呼んでいました。

つぎの写真は新建築1962年10月号の表紙ですがこの号は住宅特集として篠原一男「から傘の家」、坂倉準三建築研究所「正面のない家」など掲載されており、当時のトレンドがよくわかります。

92887203写真引用:www.yama-semi.com
     古書山翡翠

この当時はから傘の家のほか、正面のない家/K・H(坂倉準三建築研究所)や棟持柱の家Ⅰ・Ⅱ(清家清)など多くの著名な建築作品が世に出ている時代でした。

日本建築学会賞受賞
1971年:「未完の家」以降の一連の住宅
2005年:永年にわたる住宅論と都市論を基盤とした優れた建築の創作活動による建築界への貢献

夫婦屋根の家

夫婦(めおと)屋根の家
1968年、神奈川県
設計者:山下和正

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画家とピアニストの夫婦の家です。コンクリートブロック造の2階建ての構造になっており、ブロックの質感を活かした外観となっています。
1階を生活部分、2階を仕事場に分ける明快な空間構成となっており、2階はアトリエとピアノ室により構成され、それぞれトップライトのある奇棟屋根の形状となっています。

写真引用:ocha.beblog.jp

シルバーハット

シルバーハット
1984年、東京都
設計者:伊東豊雄、2013年プリツカー賞受賞(日本人6人目)

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写真引用:art4d.asia

建築家である伊東豊雄の自邸です。中本町の家(White U)のとなりの敷地に建てられました。
中庭(コート)を囲む平面構成となっており、中庭上部には開閉可能なテント(通風・日照調整)が計画されています。
これにより、コートを半屋外の居住空間として生活の場所としています。

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写真引用:nezumi.dumousseau.free.fr

構造はRC造の上に鉄骨のヴォールト屋根がかかり、アルミパンチングにより明るさや仮設の軽快さを出しています。

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写真引用:jaumeprat.com

都市の自然と親しみやすく開放的なつくりと言われていますが、元々は「西の安藤、東の伊東」と呼ばれる程に内にこもる自閉的な建築手法で知られていました。この自邸を機に設計手法がまったく変わり、外へと開けた建築を設計するようになりました。
現在、シルバーハットは伊東豊雄ミュージアムに移築されています。

伊東豊雄ミュージアムサイト
http://www.tima-imabari.jp/

 

伊東豊雄は2013年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1984年 シルバーハット(自邸)(日本建築学会賞)
1991年 八代(やつしろ)市立博物館
1996年 長岡リリックホール
1997年 大館樹海ドーム(ニプロ・ハチ公ドーム)
2000年 せんだいメディアテーク(日本建築学会賞)
2003年 東雲(しののめ)キャナルコート(伊東豊雄ほか)
2007年 多摩美術大学附属図書館
2015年 みんなの森ぎふメディアコスモス

 

追記改訂:2017年6月24日、2020年6月9日

ふじようちえん

ふじようちえん
2007年、東京都
設計:手塚貴晴、手塚由比(手塚建築研究所)
ディレクター:佐藤可士和

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幼稚園の建替えにより手塚夫妻により木造の平屋建ての園舎が設計されました。
平面は外周約183m、内周約108mの楕円の形状となっており屋上はウッドデッキが張られて屋上広場のように走り回れます。安全を考慮して手摺は細かいピッチですが、楕円であることを利用して断面を小さくした手摺となっており開放感が確保されています。

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一階は引き戸を多用し、天井高さ2.1mの室内は間仕切り壁も少なく広々とした空間となっています。すべて開くと広いワンルームのようになります。
園庭とはウッドデッキにより一体的につながっており、フラットなレベルで連続した空間となっています。

2011年:文部科学大臣表彰受賞
2008年:日本建築学会賞(作品賞)

写真引用:www.jia.or.jp

愛知県児童総合センター

愛知県児童総合センター
1996年、愛知県
設計:仙田満、藤川原設計、環境デザイン研究所

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愛知県長久手町にある愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にある児童施設です。
丘陵の敷地にあわせて計画されており、平面形状は真ん中にある卵形の吹抜けのまわりに諸室が計画されていて回遊動線で結ばれています。
1階は創作諸室として「あそびのスタジオ」や体験諸室として「こどもの森」のほか、幼児コーナーとして「とことこのへや」などがあります。2階にはキッチンスタジオや子育てひろばとして「あのねっとのへや」のほかレストランなどがあります。

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そして、吹抜け部には「チャレンジタワー」が計画されており、上部には展望フロアがあり標高160m、360度の展望パノラマが楽しめます。

2008年 第3回こども環境学会賞および子ども環境活動奨励賞受賞

写真撮影:ブログ管理者


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