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東京駅丸の内駅舎

東京駅丸の内駅舎(1914年、東京都)
設計者:辰野金吾
創建時は中央停車場という名称で、日本の第一世代の建築家である辰野金吾*1)により設計された駅舎です。
赤煉瓦を基調として縦横に白い石のラインを入れたデザインは辰野式と呼ばれています。
第二次世界大戦の空襲にて丸みお帯びたドームなどが損傷し、多角錐型のドーム形状にて修復されました。

Tokyo Station original shape

創建時の東京駅
写真引用:ウィキペディア

1920px JR Tokyo sta 001

現在の東京駅
写真引用:ウィキペディア

2012 11 05 11 17 19

塔部の写真
写真:サイト管理者撮影2012年11月

大手町・丸の内・有楽町地区特例容積率適用地区*2)の制度を適用して2012年に復元修復され、この際にドームの形状も当初の丸みを帯びた形状に復元されました。オーセンティシティ*3)に沿った保存再生といえます。

日本国内では最大級の免震レトロフィットによる耐震対策が施されています。

*1)辰野金吾
工部大学校(現在の東京大学)で御雇外国人建築家として招かれたジョサイア・コンドルが建築家という職能を成立させていったのが日本の建築家の職能のはじまりです。この時に初めて学んだ日本人の中でも有名なのが次のようなひとたちです。日本の建築家の祖といわれることもあります。
ジョサイア・コンドルに学んだひと(英国の流れ)
辰野金吾
片山東熊
ドイツで学んだひと
妻木頼黄

<参考記事>
日本の近代建築設計者の系譜

*2)特例容積率適用地区
指定された区域内で、容積率の一部を建築敷地間で移転することができる。
(一般的な容積率の移転と違うのは隣接敷地間でなくても区域内であればよいという点)

*3)オーセンティシティ
遺産の歴史的価値の判断指標の一つです。「真実性」と解される概念であり、世界文化遺産登録の際には、このオーセンティシティが重要視されます。

日本の近代建築設計者の系譜

ここ数回講義で日本における近代建築の設計者の系譜について触れる機会がありましたので、ざっくりですが資料を作りました。講義を聴講した方々に配布するようなのですが、せっかくなので公開したいと思います。ただし、まだ概要程度となっており、改訂をしていく予定ですのでご了承下さい。

建築設計者系譜ver 1

明治以降の日本の建築は、おおきくふたつの潮流があると考えられます。

ひとつは大工、棟梁を主体とした建築の流れです。大きな枠組みとしては律令制の時代の中で、領主や一家の主などが権限を持つ社会における身分、階級による建物の仕様に基づき建築されてきました。そして、実際の設計や工事は大工や棟梁を主体として建築されてきたと考えられます。現在ではその流れは主に木造住宅建築の世界で工務店を主体とした建築の流れの中に見受けられます。そのために、設計というものに対しての理解が深まらないという側面も否めないといえます。

もうひとつが、明治以降の設計者の登場による建築設計の潮流です。工部大学校(現在の東京大学)に英国から招聘されたジョサイア・コンドルより建築を学んだ辰野金吾、片山東熊、曽禰 達蔵(そね たつぞう)などのほか、ドイツで建築を学んだ妻木頼黄といった日本人の設計者の登場による近代建築の系譜がはじまります。
また、近代建築の三大巨匠であるル・コルビュジェの弟子である坂倉準三、前川國男、吉阪隆正や、同じく三大巨匠のフランク・ロイド・ライトの弟子であるアントニン・レーモントの系譜にて吉村順三といった日本人の建築家が次々と活躍の場を広げていきました。

このような大きく2つの潮流の中で日本の建築の世界は広く世界にも認知され、多くの世界的なネームバリューを持つ建築家を輩出しています。
ちなみに建築のノーベル賞といわれるプリッカー賞は現在下記の6名の方が受賞されています。
丹下健三
槇文彦
安藤忠雄
伊東豊雄
SANNA(妹島和世+西沢立衛)
坂茂


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