Browse Month: 6月 2017

真野ふれあい住宅


真野ふれあい住宅(1997年、兵庫県)
設計者:神戸市

1995年に発生した阪神淡路大震災後の、応急仮設住宅に入居をしていた高齢者が退居した後の住居としてを中心に入居しているコレクティブハウス*1)になります。

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鉄筋コンクリート造の3階建てとなっており、高齢者向けの住戸として21戸と、一般向け住戸として8戸の合計29戸の住戸にて構成されています。全住戸ともにバリアフリー化され、各住戸内には台所、浴室、便所などがあります。これらのほかに共用施設として共同で利用できる食堂や厨房のほか談話室も用意されています。

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*1)コレクティブハウス
居住者の相互扶助活動を生かして、共同の食事室や託児室などの共用施設を住棟内に設けた協同居住型の集合住宅です。
「コレクティブ」とは集合的、集団的の意味であり、高齢者用コレクティブハウスはシルバーハウスと呼ばれています。

写真撮影:管理者2014年6月

原広司邸

原広司邸(1974年、東京都)
設計者:原広司(はらひろし)

緑豊かな斜面の敷地に計画された木造2階建ての建築家自邸です。
敷地の斜面にあわせて玄関からバルコニーまで降りていくような建物中央部の吹抜けのある空間となっており、トップライトから光が降り注ぐような空間になっています。

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その両側には居室がありますが、それぞれの居室にもトップライトがあり大きな空間の中に入れ子のような形で構成されています。この形態により「住居の中に都市を埋蔵する」ことを意図した構成であるといわれています。

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このような構成は、集落や都市の要素を住宅に取り入れた「反射性住居」と表現されています。
建物の外観は黒色の下見板張りとなっており、周囲の自然にな馴染んでいます。

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写真引用:jiaセミナーの記録
住まいとインテリアプラン

プロムナード多摩中央

プロムナード多摩中央(1987年、東京都)
設計者:坂倉建築研究所、住宅・都市整備公団

多摩ニュータウンは多摩市、八王子市、稲城市、町田市にまたがる2,853haにも及ぶ日本最大規模のニュータウンです。C・A・ペリーの近隣住区理論に基づき計画がはじまりました。
第一次入居は諏訪・永山地区から1971年にはじまり、タウンハウス諏訪は1978年に、プロムナード多摩中央は1987年頃に、ベルコリーヌ南大沢は1990年頃より入居がはじまりました。

この記事で扱うプロムナード多摩中央は、京王多摩センター駅から多摩中央公園を通り抜けて住宅地に向かう玄関に位置します。

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その名の通りプロムナード(遊歩道)が樹木など植栽を豊かに緩やかな曲線を描くランドスケープでしっかり計画されています。このような多摩センター駅から延びる緑道の両側に街なみを作り出す「ストリート型住棟」が特徴です。

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この歩行者専用道路となっているプロムナードに面して、中高層の集合住宅が配置されていますが、「プラス1住宅」と呼ばれるこの接地階の住戸に居住者が趣味や創造活動のアトリエや教室等に利用する事を想定した「フリースペース」と称する一室を設けることにより、沿道の賑わいや親しみのある景観形成を意図しています。

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日本の戦後の住宅環境は、1945年よりまずは住居の確保よりはじまり1980年以前は住居や三種の神器と呼ばれた洗濯機、冷蔵庫、テレビをもつことにあこがれ、次は居間やキッチンの他に個室を持つことにあこがれてきました。これらの生活者の需要が満たされてきたところで、より豊かな生活を求める社会的な流れより「プラス1住宅」が登場したともいえるでしょう。

写真引用:多摩ニュータウン団地図鑑
図面引用:特許庁標準技術集
追記:2017年7月9日


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