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日本の集合住宅の系譜

日本では関東大震災以降、同潤会の設立にはじまり現在の集合住宅のおもな流れが系譜としてあります。
これたの歴史の中でRC造による耐震耐火の取り組みや、工業化の設計手法や部材等の規格化なども取り組まれてきました。
講義用に主だった建物の系譜を作成しましたので掲載します。
なお、まだ概要程度となっており、改訂をしながら仕上げていきたいと思いますのでご了承下さい。

日本集合住宅年表 001

日本集合住宅年表 002

同潤会アパート

しばらく更新がとまっていました。
応急仮設住宅に関するお仕事の〆切に追われていました。(と言い訳しておきます。)
ということで、今回は応急仮設住宅に関わるネタにしましょう。

Ohills21応急仮設住宅」という考えは、だいたい関東大震災(1923年)あたりにまでさかのぼります。震災の翌年(1924年)に設立された「同潤会」は、応急的な仮設住宅建設をはじめます。(約2160棟建設)
続けて「普通住宅」とよばれる木造長屋住宅(賃貸)を建設していきます。(約3420棟建設)
関東大震災では地震による倒壊と大火による被害が甚大であったことより,耐震性、耐火性が注目され、RC構造の「同潤会アパート」建設などを始めることになります。
最終的には約100棟ほど建設された同潤会アパートですが、昨年最後の同潤会アパートといわれていた「上野下アパート」が解体され、事実上現存する同潤会アパートはなくなったといわれています。
よく知られているものとして

青山アパート(1927年):同潤会初期のアパート
大塚女子アパート
代官山アパート
江戸川アパート(1934年):同潤会最後のアパート

同潤会アパートは、「共同施設」や「水洗トイレ」など最新の設備を備えていました。
また、アパート建設を進める中で、これまでほとんどなかったRC構造についてや、建築計画や配置計画などの分野を開拓してきたといえます。最終的には1941年に設立された「住宅公団」に吸収されるような形となっています。

写真は青山アパート


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