Browse Month: 7月 2016

ふじようちえん

ふじようちえん
2007年、東京都
設計:手塚貴晴、手塚由比(手塚建築研究所)
ディレクター:佐藤可士和

Tezuka 01

幼稚園の建替えにより手塚夫妻により木造の平屋建ての園舎が設計されました。
平面は外周約183m、内周約108mの楕円の形状となっており屋上はウッドデッキが張られて屋上広場のように走り回れます。安全を考慮して手摺は細かいピッチですが、楕円であることを利用して断面を小さくした手摺となっており開放感が確保されています。

Tezuka 02

一階は引き戸を多用し、天井高さ2.1mの室内は間仕切り壁も少なく広々とした空間となっています。すべて開くと広いワンルームのようになります。
園庭とはウッドデッキにより一体的につながっており、フラットなレベルで連続した空間となっています。

2011年:文部科学大臣表彰受賞
2008年:日本建築学会賞(作品賞)

写真引用:www.jia.or.jp

愛知県児童総合センター

愛知県児童総合センター
1996年、愛知県
設計:仙田満、藤川原設計、環境デザイン研究所

Aichi jidou sougou ceter01

愛知県長久手町にある愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にある児童施設です。
丘陵の敷地にあわせて計画されており、平面形状は真ん中にある卵形の吹抜けのまわりに諸室が計画されていて回遊動線で結ばれています。
1階は創作諸室として「あそびのスタジオ」や体験諸室として「こどもの森」のほか、幼児コーナーとして「とことこのへや」などがあります。2階にはキッチンスタジオや子育てひろばとして「あのねっとのへや」のほかレストランなどがあります。

Aichi jidou sougou ceter02

そして、吹抜け部には「チャレンジタワー」が計画されており、上部には展望フロアがあり標高160m、360度の展望パノラマが楽しめます。

2008年 第3回こども環境学会賞および子ども環境活動奨励賞受賞

写真撮影:ブログ管理者

大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂
大阪府、1918年
設計:岡田信一郎、実施設計:辰野金吾、片岡安

Osaka Central Public Hall in 01

日本ではまだ珍しかった指名設計競技、いわゆるコンペにより選出された建築物です。現在では珍しくないですが、この指名設計競技には懸賞金もついていました。
鉄骨煉瓦造の地上3階/地下1階建の建物で、外観の特徴は、赤煉瓦と白色の花崗岩のコントラストによるネオ・ルネサンス様式を基調としたデザインです。
2つの塔に挟まれた形で中央の上部に大きなアーチがあるのが特徴です。

Osakashi Chuo Kokaido Hall02

1970年代に入ると建替えの検討がされましたが、「市民による保存運動」により建替えすることなく保存する道を歩みます。その後、1999年から2002年にかけて耐震化および免震レトロフィットの採用およびバリアフリー化を含む保存・再生工事が行われました。

写真引用:ウィキペディア

武庫川女子大学甲子園会館

武庫川女子大学甲子園会館
1930年、兵庫県
設計:遠藤新

Bukogawa koushien01

「西の帝国ホテル」とも呼ばれた遠藤新設計の甲子園ホテルを保存活用した事例です。

Bukogawa koushien02
客室となっていた部分を教室として大学の建築学科棟として現在も使われています。そのため、オリジナルの要所をきちんとおさえて改修し維持保全を図りながら使用されています。

写真引用:武庫川女子大学

神奈川県立歴史博物館

神奈川県立歴史博物館
1904年完成、神奈川県
設計:妻木頼黄

Kanagawakenritsuhakubutukan01

妻木頼黄設計による横浜正金銀行本店としてつくられました。レンガ造り石張りの外観や建物のシンボルであるドームが特徴です。1923年に発生した関東大震災にてドーム部分が焼失しましたが、骨組みは焼失を免れましたのでその後復元されました。

Kanagawakenritsuhakubutukan02

1964年に県立博物館として整備され現在も使用されており、重要文化財にも指定されています。

写真引用:ウィキペディア

神奈川県の歴史関連参考書籍

サン・ピエトロ大聖堂

サン・ピエトロ大聖堂
16〜17世紀:バチカン市国

St Peter s Square Vatican City April 2007

旧聖堂*1)の改築により建てられた世界最大の教会堂です。
計画にはミケランジェロベルニーニなどの多くの芸術家が参加しています。ルネサンスからバロック時代にかけて作られた建物です。
ルネサンスでは集中&求心的な平面ですが、この大聖堂はバロック的な軸性の感じられる平面や楕円をモチーフにした形状が見受けられます。

Vatican StPeter Square

中央にある巨大なドームはミケランジェロのデザインがベースとなっており、正面に張り出した長方形の部分はマルデナによる建造です。また、全面広場と「コロネード」と呼ばれる列柱はベルニーニによる建造となっています。

View of saint Peter basilica from a roof

楕円形の広場は軸性が感じられる形状であり、中央には「オベリスク」が配置されています。

*1)旧サン・ピエトロ大聖堂
使徒ペテロの墓の上に建てられた教会堂。現在のサン・ピエトロ大聖堂の前身

写真引用:ウィキペディア

八幡浜市立日土小学校

八幡浜市立日土小学校(やわたはましりつひづちしょうがっこう)
1956年、愛媛県八幡浜市、重要文化財
設計:松村正恒

日土小校舎1写真引用:八幡浜市立日土小学校WEBサイト
http://www.yawatahama.ed.jp/cms/hizuchi-es/

2012年に日本建築学会賞および国重要文化財に指定された木造モダニズム建築でとても珍しい学校建築です。また、2階建ての木造校舎は、一部に鉄骨トラス梁や鉄筋部レースを採用しています。

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写真引用:文化財遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/267453

カーテンウォール方式による水平に連続する窓や、喜木川に張り出したテラスなどのモダニズムの要素のほか、緩やかな外階段、切妻屋根などの勾配屋根により、周囲への景観配慮などもされています。また教室は、クラスター型による計画がされていることも特徴的です。

17日雪景色1
写真引用:八幡浜市立日土小学校WEBサイト
http://www.yawatahama.ed.jp/cms/hizuchi-es/

2006〜2008年にかけて東校舎および中校舎を改修し、西校舎は普通教室追加による改築
が行われました。なお、東校舎においては教室と廊下の間に中庭を設け、通風換気と両側採光による明るさの確保がされています。

1999年にDOCOMOMO*1)に選出され、2007年には八幡浜市文化財に指定されています。

*1)DOCOMOMO20選
モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織
do.co.mo.mo_japan

明日の田園都市

明日の田園都市
1899年、エベネザー・ハワード(イギリス)
事例:レッチワース、ウェルインetc

800px ハワード 明日の田園都市 3版 02

イギリスでは、産業革命が起きて人口が急速に増えていくことにより住宅地の問題がおきました。
そこでエベネザー・ハワードは都市と田舎の長所を生かした田園都市(ガーデンシティー)を開発することを書籍「明日の田園都市」(Garden Cities of To-Morrow)により提案しました。エベネザー・ハワードは近代都市計画の祖とも呼ばれています。

800px ハワード 明日の田園都市 3版 03

田園都市構想では、都市、田舎、田園都市の3つを磁石に例えて人をひきつけると説いています。

800px Diagram No 1 Howard Ebenezer To morrow

田園都市構想は、3万人程度の限定された規模の自律した職住近接型の都市を郊外に計画する構想となっていました。
土地は公有化するものとし住戸と雇用を備えることで、自立した営みができる職住近接の考え方であり、賃貸住宅は田園都市を運営する土地会社によって運営が行われます。そして、この土地会社による資金を元に、住民によるコミュニティ形成もめざしていました。

800px Diagram No 7 Howard Ebenezer To morrow

構想の考え方ですが、まず小さなサテライトとなる都市を中心のセントラルとなる都市からの放射状同心円の郊外結節点に計画します。

800px Diagram No 3 Howard Ebenezer To morrow

次に各サークルの構成の仕方ですが、同心円上の外側から農業ベルト→工業ベルト→住宅地ベルトと構成します。外側の方に鉄道網を計画することで物資の運搬などの利便性を高めます。中心部には公園や公共施設などを配置します。

このように無制限に規模が拡大するのを制御して各サークルとなる都市と地域をネットワーク化する方法をハワードは提案しました。
そして明日の田園都市構想は、各地のニュータウン計画において多数実現することとなりました。日本においても、鉄道会社がこの田園都市の考え方を基に開発活動をするなど多くの影響を受けています。

画像引用:ウィキペディア

草加松原団地

草加松原団地
日本住宅公団 1962年入居開始 埼玉県草加市

800px Matsubara danchi 003 Soka Saitama prefecture Japan

高度成長期に建設された中層集合住宅を中心とする郊外型大規模住宅団地であり,ボックス型ポイントハウスや,テラスハウスも存在します。

Matsubara danchi 001 Soka Saitama prefecture Japan

完成当時は東洋最大規模と言われたマンモス団地であり、申し込みも第一期においては780戸の募集に対して、10,725件の応募が集まるほどの人気ぶりでした。
中層棟を中心にして周辺に学校や施設などが計画されています。また、自動車は団地内の通過動線がないように計画されており、近隣住区理論の原理が見受けられます。
現在は老朽化により順次コンフォール松原として建て替え事業が行われています。

写真引用:ウィキペディア


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