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カイシャ・フォーラム・マドリッド

カイシャ・フォーラム・マドリッド
スペイン・マドリッド(2008年)
設計:ヘルツォーク&ド・ムーロン

カイシャ・フォーラム・マドリード(CaixaForum Madrid)は、美術展示や音楽祭、各種フェスティバル、マルチメディアアート、討論会などの会議や教育など各種ワークショップ等、コンテンポラリーアートに特化したソーシャルカルチャーの拠点となっています。

 

By User: (WT-shared) Davidx at wts q373, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=22895854

 

カイシャ・フォーラムは、カタロニアのラ・カイシャ貯蓄銀行が設立したラ・カイシャ財団による社会文化機関ですが、煉瓦造りのメディオディア電気公社の発電所を改修して文化センターにリノベーションされました。

ヘルツォーク&ド・ムーロンによる改修設計のキーワードとしては、「垂直な庭園」と、その「空中浮遊」的な形態があげられます。

発電所の煉瓦の外壁は残されているため、周辺環境との調和が図られており、基礎部分を取り除いたピロティ状の広場と、隣のガソリンスタンドを解体した広場連続させた公共空間を持っています。

 

施設の敷地面積は2,000 m2以上あり、展示フロアには、展示室、メディアライブラリー、講演会などで使用できる多目的ルーム(講堂)、会議室(2室)、322席のホール、遊戯スペース、保存・修復工房、芸術作品倉庫があります。

また、利用者サービス施設として、カフェ・レストランやショップ・書店もあり充実しています。

 

 

By Luis García, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=15964078

 

 

By Gryffindor – Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=5337261

 

カイシャ・フォーラム・マドリッド公式HP
https://caixaforum.es/es/madrid/home

 

ヘルツォーク&ド・ムーロンは2001年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

2000年 テイト・モダン
2003年 プラダ青山店
2006年 フォンフ・ホーフェ街区
2008年 北京国家体育場
2008年 カイシャ・フォーラム・マドリッド
2009年 ヴィトラ・ハウス

 

写真引用:ウィキペディア

 

 

テイト・モダン

テイト・モダン
イギリス・ロンドン(2000年)
設計:ヘルツォーク&ド・ムーロン

 

Bernard Gagnon – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3664995による

 

テイト・モダンは国立の近現代美術館になります。イギリスには、国立美術館ネットワークである「テイト」があり、その一つになります。

テート・モダンは火力発電所であった元バンクサイド発電所の建物を改修してモダンアートの美術館となりました。元の発電所の設計は、イギリスの赤い電話ボックスの設計で有名なサー・ジャイルズ・ギルバート・スコットによるものです。

この建物は99mの高さの煙突や重厚な煉瓦の仕上げとなっており、改修の際もそのまま残されています。

改修においては、1994年に開催された建築設計競技により、スイスの建築家であるヘルツォーク&ド・ムーロンの案が選ばれて改修設計されました。

 

Hans Peter Schaefer – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=486320による

 

この改修設計において、発電機のあった巨大なタービン・ホールは、5層吹き抜けの大エントランスホールにしたほか、屋上には採光窓やレストランなどのあるガラス張りのフロアが計画されました。
このタービン・ホールでは、様々なイベントやアートのインスタレーションが展示されています

なお、発電所建物を再利用した7階建ての本館は、新館である「スイッチ・ハウス」開館の後に「ボイラー・ハウス」と呼ばれるようになりました。

 

また、テート・モダンへのアプローチルートとして、ミレニアム・ブリッジがありますが、この美術館と共に2000年のミレニアム事業の一環として作られました。

この歩道橋はイギリスのミレニアムプロジェクト(2000年記念事業)のひとつとしてテイトモダンと同じくコンペを開催し、アラップ、フォスター・アンド・パートナーズ、アンソニー・カロによる設計案が選ばれました。

 

パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=189163

 

余談ですが、ミレニアムブリッジは2000年6月10日に開通したものの大きな横揺れの発生により2日後に閉鎖されました。原因は人が歩くときの歩調により橋の固有振動周期が荷重の周期に近かったため、共振が起きたためとされました。その後、共振を抑えるダンパー設置工事をして2002年に改めて開通されました。

「ハリーポッターと謎のプリンス」の冒頭で、デスイーター達が派手に壊した橋としても知られています。

 

ヘルツォーク&ド・ムーロンは2001年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

2000年 テイト・モダン
2003年 プラダ青山店
2006年 フォンフ・ホーフェ街区
2008年 北京国家体育場
2008年 カイシャ・フォーラム・マドリッド
2009年 ヴィトラ・ハウス

 

写真引用:ウィキペディア

 

ライヒスターク

ライヒスターク:ドイツ連邦議会議事堂
(旧ドイツ帝国議会議事堂、ドイツ国国会議事堂)
ドイツ・ベルリン(1894年、1999年改装)
設計: パウル・ヴァロット
改修設計:ノーマン・フォスター

Gerdt, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=2800075による

 

この建物は、ドイツ・ネオバロック様式である旧帝国議会議事堂ですが、1933年に不審火によって炎上し、1999年に修復されました。
現在はドイツ連邦議会の議場として使われており、修復については、1992年の建築設計競技にてイギリス人建築家ノーマン・フォスターが選ばれて改修設計を実施しました。

 

中央にある議事堂頂上の巨大なガラス張りのドームは19世紀末の議事堂建設時のガラスドームの存在を意識していて、ドームの内部には、見学者のための二重螺旋のスロープが巡らされています。

 

Michael J. Zirbes – de.wikipedia.org: 18:21, 17. Apr 2006 . . Mijozi (Diskussion) . . 834 x 667 (156323 Byte) (* Bildbeschreibung: Deutscher Reichstag, Berlin (Vogelperspektive) * Quelle: Privatarchiv * Fotograf/Zeichner: Michael J. Zirbes * Datum: September 2004 ), パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=715380による

 

このドームの屋上からはベルリン市街を望むことがでみます。また、下を見ると議場を見ることができるギャラリーになっています。

 

Sfl0res – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=28511548による

 

ノーマン・フォスターは1999年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1985年 香港上海銀行
1991年 センチュリータワー
1998年 香港国際空港ターミナルビル
2000年 大英博物館グレーコート
2002年 ロンドン市庁舎
2004年 30セント・メリー・アクス (スイス・リ本社ビル)
2004年 ミヨー橋
2017年 Apple Park(アップル・パーク)

 

写真引用:ウィキペディア

 

 

 

プリツカー賞受賞者について

現在、下書きストックしていた記事の公開と公開済み記事の改訂作業を進めています。

日本の近代建築設計者の系譜の記事でプリツカー賞受賞者に磯崎新を追記更新をしていたのですが、関連して本記事を作成しました。
日本の近代建築設計者の系譜

 

プリツカー賞 は正式名称は
「The Pritzker Architecture Prize」
と言い、「アーキテクチュア」という言葉があるように、「建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」存命の建築家を対象としています。

アメリカのホテルチェーン「ハイアットホテルアンドリゾーツ」のオーナーであるプリツカー一族が運営するハイアット財団から建築家に対して授与される賞です。

 

1年に1人表彰されていますが、副賞として10万ドルとブロンズのメダルが授与されています。

メダルの意匠ははじめはヘンリー・ムーアによる彫像でしたが、1986年以降はルイス・サリヴァンの作品をモチーフにしています。また、世界最古の建築技術書とも言われる「建築書」の著者ウィトルウィウスの3つの言葉が刻まれています。

 

画像引用:ハイアット財団公式サイト https://www.pritzkerprize.com/about

左:「FIRMNESS」=堅牢、右:「COMMODITY」=便利、下:「DELIGHT」=喜び

 

2020年現在、日本人受賞者は昨年受賞となった磯崎新を含め次の7(8)名になります。
せっかくなので代表的な作品を合わせて表にしてみました。よく取り上げられる作品や日本建築学会賞受賞作品のほか、受賞後の作品もピックアップしてみましたので、作品名の頭に建築年を記載しました。資格試験を勉強している方には特に役に立つと思います^^

受賞年 受賞者 代表作品 備考
1987年 丹下健三 1953丹下健三自邸
1953愛媛県民館(旧 愛媛県民会館)
(日本建築学会賞)
1954図書印刷株式会社原町工場(日本建築学会賞)
1955広島平和記念館
1957倉吉市庁舎(日本建築学会賞)
1958香川県庁舎(旧庁舎)
1964国立代々木競技場(日本建築学会特別賞)
1964東京カテドラル
1966山梨文化会館
1967静岡新聞・静岡放送東京支社ビル
1977草月会館
1991東京都庁舎
1996フジテレビ本社ビル
東京計画1960

2005年死去

1993年 槇文彦 1960名古屋大学豊田講堂(日本建築学会賞)
1969〜代官山ヒルサイドテラス
1972加藤学園暁秀初等学校
1985スパイラルビル
1986京都国立近代美術館
1989幕張メッセ
1990東京体育館
1994霧島国際音楽ホール
1997千葉県日本コンベンションセンター国際展示場
2003テレビ朝日本社ビル
2003朱鷺(とき)メッセ
2013フォーワールドトレードセンター
丹下健三研究室出身

著書
見えがくれする都市

1995年 安藤忠雄 1976住吉の長屋(日本建築学会賞)
1981小篠邸(KHギャラリー)
1983六甲の集合住宅
1984TIME’S
1986城戸崎邸(吉田五十八賞)
1989光の教会
1992ベネッセハウスミュージアム
1995ベネッセハウスオーバル
2000国立国会図書館 国際子ども図書館
(安藤忠雄ほか)
2002フォートワース現代美術館(アメリカ)
2004地中美術館
2006表参道ヒルズ
2007 21_21 DESIGN SIGHT
2010年 妹島和世
西沢立衛 (SANAA)
1996岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー
マルチメディア工房(日本建築学会賞)
1998〜2000岐阜県営ハイタウン北方
(妹島和世ほか)
2004金沢21世紀美術館(日本建築学会賞)
2005森山邸(西沢立衛)
2010豊島美術館(西沢立衛)(日本建築学会賞)
2013年 伊東豊雄 1984シルバーハット(自邸)(日本建築学会賞)
1991八代(やつしろ)市立博物館
1996長岡リリックホール
1997大館樹海ドーム(ニプロ・ハチ公ドーム)
2000せんだいメディアテーク(日本建築学会賞)
2003東雲(しののめ)キャナルコート
(伊東豊雄ほか)
2007多摩美術大学附属図書館
2015みんなの森ぎふメディアコスモス
2014年 坂茂 1997羽根木の森
2005ノマディック美術館(アメリカ)
2007ニコラス・G・ハイエックセンター
(日本建築学会賞)
2010ポンピドー・センター・メス(フランス)
2011女川町3階建コンテナ仮設住宅
2014アスペン美術館(アメリカ)
2014大分県立美術館
2015女川駅
2017富士山世界遺産センター
2019年 磯崎新 1960大分医師会館
1966大分県図書館(1988アートプラザ)
(日本建築学会賞)
1974群馬県立近代美術館(日本建築学会賞)
1975北九州市立中央図書館
1986ロサンゼルス現代美術館(アメリカ)
1990水戸芸術館
1991八代(やつしろ)市立博物館
1994豊の国情報ライブラリー
1995京都コンサートホール
1998なら100年会館
著書
建築の解体

※ゴシック印は建築士試験でも出題されたことのある建築作品です。

 

大物建築家としては谷口吉生、内藤廣、隈研吾、などまだまだ候補がいますね。日本人受賞者がとても多い賞ですが、まだまだ層の厚さが日本の建築設計界にはあります。
黒川紀章は亡くなられているので対象にはならないです。

 

参考サイト

ハイアット財団公式サイト

 

記事改訂:2010年6月9日

 

シルバーハット

シルバーハット
1984年、東京都
設計者:伊東豊雄、2013年プリツカー賞受賞(日本人6人目)

Th silver hut01

写真引用:art4d.asia

建築家である伊東豊雄の自邸です。中本町の家(White U)のとなりの敷地に建てられました。
中庭(コート)を囲む平面構成となっており、中庭上部には開閉可能なテント(通風・日照調整)が計画されています。
これにより、コートを半屋外の居住空間として生活の場所としています。

Th silver hut02

写真引用:nezumi.dumousseau.free.fr

構造はRC造の上に鉄骨のヴォールト屋根がかかり、アルミパンチングにより明るさや仮設の軽快さを出しています。

Th silver hut03

写真引用:jaumeprat.com

都市の自然と親しみやすく開放的なつくりと言われていますが、元々は「西の安藤、東の伊東」と呼ばれる程に内にこもる自閉的な建築手法で知られていました。この自邸を機に設計手法がまったく変わり、外へと開けた建築を設計するようになりました。
現在、シルバーハットは伊東豊雄ミュージアムに移築されています。

伊東豊雄ミュージアムサイト
http://www.tima-imabari.jp/

 

伊東豊雄は2013年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1984年 シルバーハット(自邸)(日本建築学会賞)
1991年 八代(やつしろ)市立博物館
1996年 長岡リリックホール
1997年 大館樹海ドーム(ニプロ・ハチ公ドーム)
2000年 せんだいメディアテーク(日本建築学会賞)
2003年 東雲(しののめ)キャナルコート(伊東豊雄ほか)
2007年 多摩美術大学附属図書館
2015年 みんなの森ぎふメディアコスモス

 

追記改訂:2017年6月24日、2020年6月9日

せんだいメディアテーク

せんだいメディアテーク
宮城県(2000年)
設計:伊東豊雄

IMG 0419

写真引用:http://blog-imgs-31.fc2.com/s/h/a/shachonoblog/

建築家・伊東豊雄*1)の代表作品として知られています。特に立体トラス的なチューブによる柱とハニカムスラブのみで地上の構造を構成していることで注目された建築であり、地下2階地上7階建ての鉄骨造(一部鉄筋コンクリート造)となっています。

仙台市図書館、ギャラリー、映像メディアセンターなどからなる公共文化施設です。「メディアテーク」という言葉は、フランス語由来でメディアを納める入れもの的な意味があります。
建物の機能としては、その名の通りさまざまなメディア情報に関するサービスやプログラムが用意され、美術や文化活動の拠点として活発な活動が行われています。

Sendai media02

写真引用:http://www.smt.jp/en/

構造的には、13本のチューブ(鋼管トラス)により6枚のスラブを支える立体構造となっており、チューブ内に階段室、エレベータ、設備シャフトなど自然採光を取り入れる仕掛けも施されています。また、床スラブは約400mmのスチール・ハニカムスラブにより構成されています。

Sendai media03

写真引用:ウィキペディア

*1)伊東豊雄
菊竹清訓設計事務所出身。1971年に独立し当初は閉ざされた建築の作風であったが自邸である「シルバーハット」にて開かれた空間の作風に変貌しています。

せんだいメディアテーク公式サイト
http://www.smt.jp/

 

伊東豊雄は2013年にプリツカー賞を受賞しています。
代表的な主な作品としては次のようなものが挙げられます。

1984年 シルバーハット(自邸)(日本建築学会賞)
1991年 八代(やつしろ)市立博物館
1996年 長岡リリックホール
1997年 大館樹海ドーム(ニプロ・ハチ公ドーム)
2000年 せんだいメディアテーク(日本建築学会賞)
2003年 東雲(しののめ)キャナルコートCODAN2街区(伊東豊雄ほか)
2007年 多摩美術大学附属図書館
2015年 みんなの森ぎふメディアコスモス

 

追記改訂:2020年6月9日

 

日本の近代建築設計者の系譜

ここ数回講義で日本における近代建築の設計者の系譜について触れる機会がありましたので、ざっくりですが資料を作りました。講義を聴講した方々に配布するようなのですが、せっかくなので公開したいと思います。ただし、まだ概要程度となっており、改訂をしていく予定ですのでご了承下さい。

建築設計者系譜ver 1

明治以降の日本の建築は、おおきくふたつの潮流があると考えられます。

ひとつは大工、棟梁を主体とした建築の流れです。大きな枠組みとしては律令制の時代の中で、領主や一家の主などが権限を持つ社会における身分、階級による建物の仕様に基づき建築されてきました。そして、実際の設計や工事は大工や棟梁を主体として建築されてきたと考えられます。現在ではその流れは主に木造住宅建築の世界で工務店を主体とした建築の流れの中に見受けられます。そのために、設計というものに対しての理解が深まらないという側面も否めないといえます。

もうひとつが、明治以降の設計者の登場による建築設計の潮流です。工部大学校(現在の東京大学)に英国から招聘されたジョサイア・コンドルより建築を学んだ辰野金吾、片山東熊、曽禰 達蔵(そね たつぞう)などのほか、ドイツで建築を学んだ妻木頼黄といった日本人の設計者の登場による近代建築の系譜がはじまります。
また、近代建築の三大巨匠であるル・コルビュジェの弟子である坂倉準三、前川國男、吉阪隆正や、同じく三大巨匠のフランク・ロイド・ライトの弟子であるアントニン・レーモントの系譜にて吉村順三といった日本人の建築家が次々と活躍の場を広げていきました。

このような大きく2つの潮流の中で日本の建築の世界は広く世界にも認知され、多くの世界的なネームバリューを持つ建築家を輩出しています。
ちなみに建築のノーベル賞といわれるプリッカー賞は現在下記の7名の方が受賞されています。
丹下健三
槇文彦
安藤忠雄
伊東豊雄
SANNA(妹島和世+西沢立衛)
坂茂
磯崎新(2019年)

改訂:2010年5月24日 磯崎新プリッカー賞追記


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