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ふじようちえん

ふじようちえん
2007年、東京都
設計:手塚貴晴、手塚由比(手塚建築研究所)
ディレクター:佐藤可士和

Tezuka 01

幼稚園の建替えにより手塚夫妻により木造の平屋建ての園舎が設計されました。
平面は外周約183m、内周約108mの楕円の形状となっており屋上はウッドデッキが張られて屋上広場のように走り回れます。安全を考慮して手摺は細かいピッチですが、楕円であることを利用して断面を小さくした手摺となっており開放感が確保されています。

Tezuka 02

一階は引き戸を多用し、天井高さ2.1mの室内は間仕切り壁も少なく広々とした空間となっています。すべて開くと広いワンルームのようになります。
園庭とはウッドデッキにより一体的につながっており、フラットなレベルで連続した空間となっています。

2011年:文部科学大臣表彰受賞
2008年:日本建築学会賞(作品賞)

写真引用:www.jia.or.jp

愛知県児童総合センター

愛知県児童総合センター
1996年、愛知県
設計:仙田満、藤川原設計、環境デザイン研究所

Aichi jidou sougou ceter01

愛知県長久手町にある愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にある児童施設です。
丘陵の敷地にあわせて計画されており、平面形状は真ん中にある卵形の吹抜けのまわりに諸室が計画されていて回遊動線で結ばれています。
1階は創作諸室として「あそびのスタジオ」や体験諸室として「こどもの森」のほか、幼児コーナーとして「とことこのへや」などがあります。2階にはキッチンスタジオや子育てひろばとして「あのねっとのへや」のほかレストランなどがあります。

Aichi jidou sougou ceter02

そして、吹抜け部には「チャレンジタワー」が計画されており、上部には展望フロアがあり標高160m、360度の展望パノラマが楽しめます。

2008年 第3回こども環境学会賞および子ども環境活動奨励賞受賞

写真撮影:ブログ管理者

大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂
大阪府、1918年
設計:岡田信一郎、実施設計:辰野金吾、片岡安

Osaka Central Public Hall in 01

日本ではまだ珍しかった指名設計競技、いわゆるコンペにより選出された建築物です。現在では珍しくないですが、この指名設計競技には懸賞金もついていました。
鉄骨煉瓦造の地上3階/地下1階建の建物で、外観の特徴は、赤煉瓦と白色の花崗岩のコントラストによるネオ・ルネサンス様式を基調としたデザインです。
2つの塔に挟まれた形で中央の上部に大きなアーチがあるのが特徴です。

Osakashi Chuo Kokaido Hall02

1970年代に入ると建替えの検討がされましたが、「市民による保存運動」により建替えすることなく保存する道を歩みます。その後、1999年から2002年にかけて耐震化および免震レトロフィットの採用およびバリアフリー化を含む保存・再生工事が行われました。

写真引用:ウィキペディア

武庫川女子大学甲子園会館

武庫川女子大学甲子園会館
1930年、兵庫県
設計:遠藤新

Bukogawa koushien01

「西の帝国ホテル」とも呼ばれた遠藤新設計の甲子園ホテルを保存活用した事例です。

Bukogawa koushien02
客室となっていた部分を教室として大学の建築学科棟として現在も使われています。そのため、オリジナルの要所をきちんとおさえて改修し維持保全を図りながら使用されています。

写真引用:武庫川女子大学

神奈川県立歴史博物館

神奈川県立歴史博物館
1904年完成、神奈川県
設計:妻木頼黄

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妻木頼黄設計による横浜正金銀行本店としてつくられました。レンガ造り石張りの外観や建物のシンボルであるドームが特徴です。1923年に発生した関東大震災にてドーム部分が焼失しましたが、骨組みは焼失を免れましたのでその後復元されました。

Kanagawakenritsuhakubutukan02

1964年に県立博物館として整備され現在も使用されており、重要文化財にも指定されています。

写真引用:ウィキペディア

神奈川県の歴史関連参考書籍

八幡浜市立日土小学校

八幡浜市立日土小学校(やわたはましりつひづちしょうがっこう)
1956年、愛媛県八幡浜市、重要文化財
設計:松村正恒

日土小校舎1写真引用:八幡浜市立日土小学校WEBサイト
http://www.yawatahama.ed.jp/cms/hizuchi-es/

2012年に日本建築学会賞および国重要文化財に指定された木造モダニズム建築でとても珍しい学校建築です。また、2階建ての木造校舎は、一部に鉄骨トラス梁や鉄筋部レースを採用しています。

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写真引用:文化財遺産オンライン
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/267453

カーテンウォール方式による水平に連続する窓や、喜木川に張り出したテラスなどのモダニズムの要素のほか、緩やかな外階段、切妻屋根などの勾配屋根により、周囲への景観配慮などもされています。また教室は、クラスター型による計画がされていることも特徴的です。

17日雪景色1
写真引用:八幡浜市立日土小学校WEBサイト
http://www.yawatahama.ed.jp/cms/hizuchi-es/

2006〜2008年にかけて東校舎および中校舎を改修し、西校舎は普通教室追加による改築
が行われました。なお、東校舎においては教室と廊下の間に中庭を設け、通風換気と両側採光による明るさの確保がされています。

1999年にDOCOMOMO*1)に選出され、2007年には八幡浜市文化財に指定されています。

*1)DOCOMOMO20選
モダン・ムーブメントにかかわる建物と環境形成の記録調査および保存のための国際組織
do.co.mo.mo_japan

草加松原団地

草加松原団地
日本住宅公団 1962年入居開始 埼玉県草加市

800px Matsubara danchi 003 Soka Saitama prefecture Japan

高度成長期に建設された中層集合住宅を中心とする郊外型大規模住宅団地であり,ボックス型ポイントハウスや,テラスハウスも存在します。

Matsubara danchi 001 Soka Saitama prefecture Japan

完成当時は東洋最大規模と言われたマンモス団地であり、申し込みも第一期においては780戸の募集に対して、10,725件の応募が集まるほどの人気ぶりでした。
中層棟を中心にして周辺に学校や施設などが計画されています。また、自動車は団地内の通過動線がないように計画されており、近隣住区理論の原理が見受けられます。
現在は老朽化により順次コンフォール松原として建て替え事業が行われています。

写真引用:ウィキペディア

帝国ホテル(旧館)

帝国ホテル(旧館)
神奈川県(1923年)
設計:フランク・ロイド・ライト

Th teikokuhotel 01

写真:サイト管理者撮影2014年6月

近代建築三大巨匠のひとりであるF.L.ライト*1)の日本国内における作品です。
竣工して落成式のその日に関東大震災に見舞われましたが倒壊を免れた経緯をもっています。
スクラッチ模様のレンガ*2)や大谷石で外部内部共に仕上げられています。そしてテラコッタの幾何学的な彫刻など派手に装飾が施されています。

Th teikokuhotel 03

写真:サイト管理者撮影2014年6月

写真ではこまかな装飾の隙間から光が差し込む様子が見られます。ちょっとやり過ぎ感もありますが、外国の賓客を迎えるホテルということもあったのでしょう。
なお、装飾はタイルやレンガ、石を多用していますが構造は鉄筋コンクリート構造です。

Th teikokuhotel 04

写真:サイト管理者撮影2014年6月

平面計画は、エントランスを中心に左右対称の形状となっており、中心のゾーンにエントランスのほか宴会場や厨房があります。両サイドには中廊下型の客室棟がありましたが、現在はエントランス・玄関部分のみ愛知県の明治村に移築保存されています。

Th teikokuhotel 02

写真:サイト管理者撮影2014年6月

*1)F.L.ライト
近代建築の三大巨匠と呼ばれています。ほかにはル・コルビュジエやミース・ファンデル・ローエが挙げられます。

*2)スクラッチ
引っ掻きキズのような模様を指します。

国立西洋美術館本館の改修保存


国立西洋美術館本館
東京都(1959年)
設計:ル・コルビュジエ

注目!
2016年7月17日に「世界文化遺産」に決定しました。

Th National museum of western art05s3200

写真引用:ウィキペディア

フランスからの松方コレクション返還に際して建設されました。
ル・コルビュジエ*1)による基本設計ののち、弟子の前川國男坂倉準三吉阪隆正*2)らが実施設計を担当しました。

Th National museum of western art06n3200

写真引用:ウィキペディア

その後、美術館本体を保存活用するため1998年に改修工事が行われました。この際「免震レトロフィット工法」*3)が採用され、竣工時の形態を保ったまま安全性を高めています。

Th SEISMIC RETROFIT MECHANISM OF THE NATIONAL MUSEUM OF WESTERN ART TOKYO 20100321

写真引用:ウィキペディア

《ル・コルビュジエの主な作品》
◇建築作品◇
サヴォア邸(1931年)
ユニテ・ダビタシオン(1952年)
ロンシャンの礼拝堂(1955年)
ラ・トゥーレット修道院(1958年)
◇都市計画◇
300万人のための現代都市(1922年)
ユルバニスム(1924年)
ヴォアザン計画(1925年)
輝く都市(1933年)
チャンディーガル(1951年〜)唯一実現した計画
◇著作◇
建築をめざして(1923年)
モデュロール1(1948年)
モデュロール2(1955年)

*1)ル・コルビュジエ
「近代建築の三大巨匠」のひとりです。
ほかは「フランク・ロイド・ライト」と「ミース・ファン・デル・ローエ」(バウハウス3代目校長)になりますが、バウハウス設計者であり初代校長でもありヴァルター・グロピウスを加えて四大巨匠と称されることもあります。

*2)前川國男、吉阪隆正、坂倉準三
ル・コルビュジエに師事した日本人の三人の弟子です。

*3)免震レトロフィット工法
既存建物の基礎部に免震装置して耐震性能の向上を図る工法です。構造体の補強をほとんど行わなくて済むため外観デザイン等を維持することができます。
東京駅丸の内駅舎にも採用されている。

改訂:2016年7月17日

如庵

有楽苑(うらくえん)如庵(じょあん)
1617年
愛知県

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写真:サイト管理者撮影2014年6月

織田有楽斎(1547-1621)は信長の実弟で茶の湯の創成期に尾張国が生んだ大茶匠です。その波瀾に富んだ生涯の晩年、有楽は武家を棄て京都建仁寺(けんにんじ)の正伝院*1)に隠棲しました。如庵はその境内に元和4年(1618)頃建てた茶室であり、現存する国宝茶席三名席の一つとして茶道史上貴重な遺構です。

旧正伝院書院は如庵に連なる隠居所であり、重要文化財に指定されています。明治以降これらの遺構は各地を転々としましたが、安住の地を犬山に得て、「有楽苑」と名づけ後世に残すこととなりました(昭和47年)。4000坪の広い苑内には、このほかに茶室元庵及び弘庵などがあります。(ここまで有楽苑説明案内より引用)

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写真:サイト管理者撮影2014年6月

建物の形状の特徴として、正面が柿葺(こけらぶき)*2)の入母屋造りとなっていますが右側の庇が短くなっています。また、正面に向かって左側にアルコーブ状の庇付きの土間があり正面からみえない位置に躙口(にじりぐち)*3)があります。

内部は2畳半台目と呼ばれ、2畳半の畳と1畳の台目畳(だいめいだたみ)*4)と床(とこ)から構成される4畳半となっています。

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写真:サイト管理者撮影2014年6月

窓にも特徴があり、連子窓(れんじまど)*5)や有楽窓(うらくまど)*6)のほか屋根にも突上窓*7)などがみられます。

*1)京都建仁寺(けんにんじ)の正伝院
高僧や祖師の没後に周辺に弟子が構えた居住施設等であり塔頭(たっちゅう)と呼ばれます。

*2)柿葺(こけらぶき)
薄板の小割りにした杉板やサワラ板等を葺いた屋根

*3)躙口(にじりぐち)
だれもが身分に関わらず平等であるという意図を含んだ潜り戸であり引き戸のついた小さな出入り口。

*4)台目畳(だいめいだたみ)
1畳の3/4のサイズの畳。

*5)連子窓(れんじまど)
立て格子状の窓。竹や細木等を使って適当な感覚に並べたもの。

*6)有楽窓(うらくまど)
連子窓の立て格子の間隔を密にして光の入り方を絞ったもの。

*7)突上窓
屋根につけた天窓。


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